創設の経緯・沿革

工学技術者育成のパイオニアとして



創設の経緯

本学園は、設立者・校主 本庄京三郎が1922(大正11)年9月7日、時の大阪府知事 池松時和氏より設置認可を受け、校長・工学博士 片岡 安をはじめ大阪府建築課長 池田 實氏を中心に、大阪府土木課長 島 重治氏、大阪府営繕課長 中村治郎氏、大阪市都市計画部長 直木倫太郎氏、大阪市水道部長 澤井準一氏、大阪市電鉄部技師長 清水 氏、大阪府土木主事 奥村泰助氏、大阪府技師 田上憲一氏、日本電力株式会社土木部長 境田賢吉氏、大正信託株式会社常務取締役 小野捨次郎氏、薬種商 大橋導雄氏、関西石材株式会社監査役 岡崎忠三郎氏等の協力を得て創設した、関西工学専修学校がそもそもの始まりです。
当時、わが国の工業教育に対する認識は浅く、特に商業中心の大阪での工業教育機関は微々たるものに過ぎませんでした。このような時代に、将来、工学技術者の必要な時代が必ず到来することを察知し、私立学校の経営では最も難しいといわれる工業教育に、あえて踏み切った関係者のパイオニア精神は注目に値します。
その後、幾多の困難を乗り越えて、現在では、大阪工業大学・同大学院をはじめ、摂南大学・同大学院、広島国際大学・同大学院、常翔学園中学校・高等学校、常翔啓光学園中学校・高等学校を設置する学園へと成長を遂げ、約28万3千人の卒業生が社会の各分野で活躍しています。

設立者校主  本庄 京三郎 、初代校長 理事長  片岡 安

沿革

啓光学園との連携~

2007(平成19)年
大阪工業大学情報科学部を改組。情報ネットワーク学科を増設、情報科学科をコンピュータ科学科に名称変更
大学院工学研究科(環境工学専攻、生体医工学専攻)博士課程を増設
広島国際大学社会環境科学部を工学部に改組。機械ロボティクス学科を増設、建築創造学科を建築学科に名称変更
大学院総合人間科学研究科(臨床心理学専攻)博士前期課程の学生募集を停止し、総合人間科学研究科(実践臨床心理学専攻)専門職学位課程、総合人間科学研究科(コミュニケーション学専攻)修士課程を増設
学校法人啓光学園と連携協定締結(11月27日)
同法人は法人名を学校法人常翔啓光学園と改称(12月25日)
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